リレーエッセー 第2弾

「楠ヶ丘」に因んで

楠ヶ丘会副会長 小林信次郎(II2EA)

IT革命は、図書の貸し出しにも及び、少し昔は想像もできない便利さを与えてくれる。 区役所内の図書館で市内の市立関係のほとんど全図書館の図書の検索と借り出しが可能になったのである。 先日も家の近くの神戸市北区役所内にある図書館に赴き、ギリシャ悲劇の検索を依頼すると、中央図書館、各区の図書館、母校を含む市立の高等教育機関の図書館の蔵書を調べて関係図書を全部で6冊リストアップしてくれた。 その中に母校の蔵書も含まれていて、申し込めば2,3日で北図書館に届くのである。 それも無料でである。

申込み3日後、図書館からの電話連絡でデスクに伺うと、ちくま文庫「ギリシャ悲劇II」(ソポクレス著 松平千秋訳・ 1986年刊)が着いていた。 急いで目次を調べると、私が探していたアフリカ作家の飜案劇の原典となっている「エレクトラ」が収められてあるのに感謝しつつ、中表紙のふと欄外に目をやると写真の「楠ヶ丘会殿寄贈」の押印文字が飛び込んできて驚いた。 この楠ヶ丘会は図書館の要望に応えて、1989年(平成元年)から不十分ではあるが図書寄贈費を拠出してる。 この予算は学生からの希望図書購入費に当てられているから、一般市民にも利用される頻度の高い一般図書の購入に充当されている。 すると結果的に今度の私の経験が語るように、学外からの要望にも巧まず応える結果となり、本会の目的のひとつに「社会に貢献すること」(第二条)を揚げているが、これにも合致することともなり、痛快である。

借りた「ギリシャ悲劇II」の背表紙には楠ヶ丘文庫シールが貼られてある。 発足当初、われわれの寄贈を記念して楠ヶ丘文庫として一箇所に置いていたが、冊数の増加につれて使いにくくなったので、それぞれの分類の所に配置されるようになった。 背表紙のシールは、その経緯を伝える証と言えよう。

この本の裏表紙の裏には、珍しいことだが、返却期限を示す付箋が貼りつけられていて、貸し出すたびに返却日が押されてある。 例えば私の場合には06.4.28と押印されてある。04年5月から06年4月の丸2年間で 15回の押印が残されてある。2ヶ月に一回以上貸し出されたことになる。 この本の著者ソポクレスは日本では弥生時代が始まった頃すなわち今から約2500年昔のギリシャの劇作家である。 その大昔の作家の劇の台本が現在に残っているだけでも奇跡に近いのに、それが和訳され文庫本にもなり、本学の図書館の蔵書になっている本も実際頻繁に利用されている事実には圧倒される思いである。

南アフリカの作家ヤエル・ファーバの「モローラ(灰)」はソポクレス作「エレクトラ」の翻案である。 エレクトラの母親殺しのテーマは有名であるから、「モローラ」はアパルトヘイト撤廃後の作品であっても、黒人による白人への何らかの復讐がテーマだと類推されて当然であろう。 ところが、和解がテーマとなってる。 ヤエル・ファーバーは、南アの真実和解委員会の推進のみならず、9.11のテロとアメリカのアフガニスタンやイラクへの進攻を考えると殺しのサイクルを断ち切らねばきりが無い旨、日本公演の後での質問に答えている。 「モローラ」は横浜でしか上演されなかったが幸い後日TV放映された。 ブラウン管を通してでも母親(白人)が子供(黒人)に遂には助命されるラストシーンは圧巻であった。

現役の学生も教職員の方々も大半の人は、何故同窓会名が楠ヶ丘会であり、同窓会館が楠ヶ丘会館であり、キャンパスの正門から研究棟まで楠の大木が左右に林立しているのか分からないのではなかろうか。 事実関係ではっきりしていることは会名は公募により決定したことである。1958年(昭和33年)の総会で、公募の中から「楠ヶ丘会」と会名が決定し、会則第一条にも謳われているよう総会で決定した。 前学舎は楠ヶ丘学舎とも呼ばれていた。 例えばタブロイド判の同窓会紙(1955年)の創刊号に初代秋宗会長は次のように記しておられる。 「わが同窓会も第3回総会を若葉の楠ヶ丘学会において持ち」 しかし、正式の地名は灘区土山町であったから、何故通称であっても楠ヶ丘会と言われたのか分からないことを、私もその当時の会紙3号(1958年)の編集後記で書いたことがある。それから50年後の今も完全には分かっていない。専門学校も学部も第1回で母校の名誉教授で本会の常任理事でもある赤松光雄先生に問い合わしてみると、楠ヶ丘会という地名が旧学舎の近くにあるとのご返事で、次号の「楠ヶ丘」に一文を寄せると言って下さっている。 この言葉の由来で会員諸氏からの意見が伺えれば幸いである。

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