リレーエッセー 第9弾

「悲しい酒」

広島支部 俵 博 学12E

ひとり酒場で 飲む酒は
別れ涙の 味がする
飲んで棄てたい 面影が
飲めばグラスに また浮かぶ

石本美由紀作詞・古賀政男作曲/昭和41年

はっきりした日時は思い出せないけれど、昭和43年(1969年)12月頃だったと思うが駐在先のシカゴから会議出席のためニューヨークへ初めて出張した。 当時の勤め先は大手家電メーカーの現地法人のシカゴ支店で、販売会議への出席か何かの為の出張であったと思う。 現地法人とはいえ当時はまだ会社の規模も小さく駐在員の数も全米で20名くらいであったと思う。

コットンクラブ前景と店の中

会議を終えて翌日、ニューヨークに駐在していた同僚の1人がせっかく来たのだからとニューヨークを案内してくれた。 当時アメリカではベトナム反戦運動が盛んでセントラルパークで反戦集会が開催されていたのを記憶している。 夕食の後友達の案内でコットンクラブにジャズの演奏を聞きにいった。 当時は多くの若者がそうであったように(小生は28才だった)音楽といえばアメリカ、アメリカと言えばジャズと固く信じており、生演奏を大いに楽しんだ。

深夜友達と別れ、一人ホテルへ帰り、生演奏で高ぶった気持ちを静めるためホテルの近くのバーに寝酒を一杯やりに出かけた。 アメリカに来てから僅か数ヶ月でアメリカしかもニューヨークのバーがどんなところかも判らないまま、それらしきところに飛び込んだらなんと日本人がやっているバーであった。 当時はニューヨークあたりにはかなりの数の日本人が住んでいたが、それでも今に比べると20分の1に満たなかったのではないかと思う。 このバーはそういった日本人のたまり場のひとつだったことが後で判った。 ニューヨークに来てわざわざ日本人のバーで一杯やることもないと思ったが、他に知らないしこの店に落ち着くことにした。 暫くして薄暗い明かりにもなれて自分の周りを見回すと店内の客の大半が単身赴任の男性のようだった。

エンパイアーステートビル

そういう小生も結婚半年でいとしい若妻を日本に残して血も涙もない上司の命令でシカゴに単身赴任中であった。 余談になるが当時は殆どの会社では駐在員は役職者以外では家族の同伴は許されておらず、半年から1年後に家族を呼び寄せることが出来るのが普通であったようである。 店のマスターとおぼしき男性と2-3語言葉を交わした後、他に知っている人も無く1人で静かに飲んでいるとジュークボックス(まだカラオケの無い時代でジュークボックスだったに違いない)から突然冒頭の美空ひばりの歌が聞こえてきた。 途端に店内はシーンとなり皆ひばりの歌声に聞き入っている。 すると何処からかすすり泣きのような音さえ聞こえてきた。 小生も歌に引き込まれ突然涙が出てきて止まらなくなった。 歌の1番と2番の間のひばりの台詞を聞いて思わず声が漏れた。 企業戦士などといわれ肩で風切り、日本の経済は俺で持っているなどとうそぶいていた自称エリート社員も形無しである。 歌謡曲(当時艶歌とか演歌とかは呼んでなかったように記憶する)など馬鹿にして、洋物の歌をありがたがりコスモポリタンを気取っていたのに異国で聞く艶歌に外見も中身も日本人であることに気付かされた。

まさにひばりの歌は我々をして日本人であることを再認識・再確認させてくれるものであった。 それ以来小生は美空ひばりの大ファンとなって彼女の亡き後、彼女を超える歌い手は出てないしこれからも出てこないと信じる。 今でもひばりの「悲しい酒」はカラオケでの小生の持ち歌になっております。 ご同輩のご諸兄で小生と同じような懐かしい昔を思い出していただけけた方がありましたでしょうか? また今現在海外の一線で活躍されている後輩の諸君、先輩の昔話はいかがでしたか? 「つまらーん」話で恐縮です。

最後に余計なことですが、今年(2007年)6月に娘二人(二人共とついでいる)の招待で10日間のイギリス旅行に出かけます。 ロンドン3泊 コッツウオルツ3泊他のヨーロッパ諸国やアメリカは何度も行っていますが、イギリスは初めてです。 この旅行は女房の還暦の祝いのプレゼントです。 因みに小生の還暦には何のプレゼントもなく、今回も付き添いと通訳くらいの役割を期待されているようです。 イギリス在住の方で(そうでなくともいいのですが)ロンドンでお薦めのパブまたはレストラン(手頃な価格)あれば、外大事務局経由で連絡してください。 皆様のご健康とご多幸を衷心より祈ります。

平成19年1月29日

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