英国運河巡り、ナローボートの旅
戸谷 紀子(修32E)
皆さんはイギリスを旅している間に、川や運河に浮かぶカラフルで細長い船に気付かれたことはないだろうか? 船幅はほんの2メートル強で長さは20メートルくらいある。 エンジンで動いているのだがせいぜい時速4kmくらい、つまり私達が散歩をする程度の速さで進む。 これがナローボートである。 もともと英国の運河は主に石炭を運ぶために18世紀から建設されたが、次第に鉄道やトラックに取って代わられ、運河は朽ちるにまかされていた。 それが1960年頃からレジャー用として修復され、現在ではイギリス全土に約3,200kmにわたり航行可能となった。
普通ナローボートの中にはキッチン、ダイニング、ソファ、水洗トイレ、シャワー、ベッド等すべてが装備されており、小さいながら立派な住空間としての機能を備えている。 リタイヤー後ナローボートを買って、夫婦で10年以上田園の中をのんびり航行しているという人の話も聞いたが、その気になれば誰でもこのボートを借りられるのである。 何せスピードが人の歩く速さであり、大抵のところで運河自体の幅も狭く流れもきわめて遅い。 操縦経験も免許もいらない。舵棒とスロットルを握り、よほど不器用な人でない限り誰でも操船できるというのだ。
4年前の春その話を聞き、テニス仲間の友人夫妻と我々夫婦の熟年4人で行ってみようということになった。 早速インターネットを通して、ロンドンから列車で2時間くらいのラグビーという町にあるローズボートという会社で8月23日から3日間ボートを借りる予約をした。 昼過ぎに到着するとすぐに赤毛のオーナーが一緒にボートに乗り込み、操縦の仕方を手取り足取り教えてくれる。 5分くらい走らせると「グッドラック」と言うなり岸に飛び移って消えた。 あとは我々4人だけだ。 操縦は男たちに任せ女2人はのんびりと夕飯の準備をし、4人でカレーライスとサラダとワインの夕飯のあと、船を岸にもやって近くのパブに繰り出した。 ギネスビールを飲みながら土地の人や他のナローボートの人達とおしゃべりを楽しみ、9時頃ようやく暮れかけた空を見て船に戻った。 翌朝起きて窓から外を見ると5羽の子供達を引き連れたカモの家族がずらりと並んでいて、クラッカーを投げるといつまでもねだる。 川岸ではいくつかのボートから犬を連れた人が下りてきて、水路に沿った小道を散歩させている。 話しかけると気軽に水路のことや船をもやう地点や買い物にいい場所などの情報を教えてくれた。
しばらく行っていよいよロックに到着した。 ロックは水位の違うところを通過するための水門のことだが、簡単に言うと2つの水門の間にボートを入れ、進行方向の水位に合わせて水を入れたり出したりするのだ。 問題はこれがすべて手動式で自分たちだけで作業をしなければならない事である。 船を操って狭い水門の間に入れるのに2人、水門を開閉するのに2人、丁度4人が力を合わせて乗り切る。 時間がかかるので時にはロックの手前にボートが並んで待っているが、そこはイギリス人、みな行儀よく順番を待っている。 私がロックの開閉の時、後ろのボートの開閉役として待っている人に、「初めてなのでもたもたしてごめんなさい。」 と謝ると、「気にしなくていい。急ぐ理由は何もないのだからのんびり楽しもうよ。」 と言い、作業を手伝ってくれた。ボートのすれ違いで岸に寄せすぎて座礁してしまった時には、通りがかりのボートの人がわざわざこちらのボートに乗り移り、岸から運河の中央まで船を巧みに戻してくれた。 そんな調子で何かあるたびに周囲の船に助けられ、無事に2泊3日の船旅を終えることができた。 英国中央部の美しい田園風景を満喫し、英国人のさりげない親切に感激するばかりであった。
ナローボートの借り賃は、月曜から金曜の正午までと金曜午後から日曜午後までが同じ金額で約500ポンド〜1000ポンドくらい、ウィークデイは2日借りても5日借りても値段は同じだった。 値段の差は船の大きさや新しさ、装備の差などで違う。同じ大きさなら高いほど快適と言えるだろう。 船の狭いベッドや簡単な料理がいやになれば、運河沿いに点在するB&Bに寄って食事をしたり宿を取ったりすることもできる。 私達はボートに乗っていた3日の間一度も日本人旅行者とは出会わなかったけれど、日本人が経営するボート会社もあるらしい。 値段は少し高いようだが予約の段階からすべて日本語で説明を受けられるので、英会話に自信がなくても大丈夫といえよう。 ナローボートを返却した後はロンドンでミュージカルを観たり、ユーロスターでフランスに渡ってジベルニーのモネの家を訪ねたり、気ままに10日間の休日を過ごして熟年4人組のナローボート体験の旅は終わった。
以上