マラソンと私・・・体力維持のために
永井 信之(学23C)
東京マラソンからはじまり、神戸・大阪・京都マラソンと今やマラソンブームになりつつあります。 私の自宅近くでも、カラフルな衣装で走っている人をよく見かけるようになりました。 そのマラソンブームに関係なく、私は、いろんなマラソン大会に参加して来ました。
大阪マラソン
私が走るようになったキッカケは、32歳のときです。 趣味で続けていたテニスの試合(シングルス)で、テニスの技術でなく、体力で負けたことが悔しくて、対戦相手に「よく走りますね」と声をかけたら、「毎日走ってますから」とさらっと答えが返ってきました。 対戦相手は、テニス歴は私より浅く、年齢も私より10歳以上年上でしたから、一念発起、走ろうと思いました。 問題は走ることが、好きでなかったので、仕事が終わってからや、土・日に走るのは無理なので、昼休みに週2・3回走るようになりました。
昼休みに走るようになって2年ほど経ったときに、職場の先輩からランニング大会に誘われ、軽い気持ちで参加しましたが、煙草は吸う、酒はよく飲むその先輩に5kのタイムレースで1分以上も負けてしまいました。 それからは、またまた一念発起、昼休みを殆ど毎日、しかも食事は抜いて走るようにしました。 ランニングブックも買い、インターバルトレーニングも取り入れ、本格的に?ランニングに精を出しました。 そのお陰で、タイムも良くなり、その先輩にも大会で勝てるようになりました。
タイムが良くなると、いろんなランニング大会に参加するようになり、5kから10k、ハーフマラソン、そしてフルマラソンと走る距離も延ばして行きました。 篠山ABCマラソンは15回以上参加、また富士山山頂を往復する富士登山駅伝にも参加しました。 そしてフルマラソンに飽き足らず、より過酷なレースに挑戦したくなり、昔から山によく登ってましたので、山道を走る50kや80kのトレイルランや、100kウルトラマラソンにも参加し、殆ど制限時間ギリギリで完走しました。 特に「歴史街道丹後100kウルトラマラソン」は、完走率50%の過酷なレースで、足の親指の爪は剥れ、膝や腰も痛め、本当に這うように、制限時間ギリギリでゴールしました。
神戸市駅伝大会(総合運動公園)
ココロードレース(グアム島)
100kmウルトラマラソン
ただ過酷なレースに参加するには無理な歳になりましたので、この8月下旬の立山登山マラニックで最後にしようと思います。 立山登山マラニックは海抜0mの富山海岸から3,003m立山雄山山頂まで一気に駆け上がるレースです。 フルマラソンを4時間以内に完走出来るのが参加条件です。 自衛隊隊員の参加も多く、高齢の私にとって完走は非常に難しいレースですが、何とか室堂まではたどり着きたいと思います。
立山登山マラニック・スタート地点
立山登山マラニック・剣岳を横にみながら走る
立山登山マラニック・室堂にて
立山登山マラニック・見送り風景
今後は、無理をせずに制限時間の緩いフルマラソンをのんびりと走りたいと考えてます。
ゆっくり走るのは健康にも良く、長く続けていけると思う次第です。